東京都町田市にある、大石一馬フォトギャラリー・カマルのご案内です
by gallery_kamal
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カテゴリ:ネパールの旅・トレッキング( 87 )

長らくお休みを頂きました!

8月をお休みにさせていただいて、早9月の半ばです。
各地に水害の恐ろしさを見せつけた台風以降、残暑は戻らずに秋に入ってしまうような感じです。
庭の銀木犀も良い香りを放っていましたが台風で咲き終わってしまいました。
今年の満開の写真を見てください。

今月のカマルは予定通り明日 OPEN です。
よろしくお願いいたします。
 
今年の銀木犀;
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また8月のお盆のあと小学生(4年と1年)と一緒に、北アルプス後立山連峰の唐松岳(2695m)に登って来ました。
雨が心配されましたが、下山中八方池付近で小雨にあったくらいでした。
小学生の2人は荷物を背負っても元気いっぱい!疲れを知らないようです。
頂上小屋に一泊し、刻々と変化していく美しいみごとな夕焼けを眺めました。向かい側の立山連峰にでんと剱岳が聳える姿も間近に見ることが出来、とても満足のいくトレッキングでした。
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剱は夕方で少し霞んでいます。
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途中お花もまだ沢山咲いていましたので次回に・・・そお遠くないうちに!
by gallery_kamal | 2015-09-14 16:15 | ネパールの旅・トレッキング

タンカ(Tanka)

昨年10月~11月にネパールを訪れた際にボーダナートのタンカ屋さんで購入したタンカです。
額装してカマルで展示しています。
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タンカとは仏画の掛け軸の総称であり、曼荼羅(曼陀羅)は仏教の聖典タントラから描かれた四角、丸や三角形の幾何学模様のタンカの事の様です。
今回購入したタンカ(曼荼羅)は時輪曼荼羅(カーラチャクラ曼荼羅)と言われるものですが他にもいろいろなタイプがあるようです。
2010年1月に上野の森美術館での聖地チベット展へ行きましたがこの時もたくさんのタンカが見られました。
タンカは元々仏教の僧侶が村々を回った際、教えやお釈迦様の事を説くために作られ、持ち運びに便利な掛け軸にされたようです。
by gallery_kamal | 2012-01-19 17:53 | ネパールの旅・トレッキング

2011年ネパールの旅・・・最終回

2日ほど留守にしていましたらインターネットが繋がらなくなっており、復旧に手間取りブログの更新が出来ませんでした。

2011年ネパールの旅は今回で最終回とします。
トレッキングでお世話になったホテルは、旧王宮から日本大使館に向かう道路の途中にあるRホテルであった。ネパールではAクラスに入るのではと思えた。
ホテルから大使館通り方面を見た景色。
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徐々に高い建物が増えてきた。もう少し左手遠方の丘の上にはスワヤンブナート(俗称モンキー・テンプル)の白い仏塔が見えた。

一日早く帰ったのでバクタプルやボーダナートを見学に行った。カトマンズから東に向かう道路は片道3車線でしかも中央分離帯のある立派なものが完成していた(日本の企業が手掛けたものだ)。中古のオンボロ車で飛ばすものだから事故が心配だ。
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バクタプルでの脱穀したモミを干している風景はこの季節の風物詩。
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ボーダナートはいつものアングルで。
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トレッキングの仲間は月末で先に日本へ帰った。
自分は残って家族の到着を待ってカトマンズ近郷の丘へヒマラヤを見に行ったのだが連日の曇り!6日間ほど全くヒマラヤは見られなかった(この間カトマンズ~ルクラ間の飛行機も運休で、ルクラでは帰るトレッカーがあふれ大変なことになっていた。ロッジは満員で泊まる所も無くなったということだ)。
この時期は乾季で雨が降らないという事は過去の話で、温暖化と共に地球の気候変動は当然ながらネパールも含まれているのだと強く感じた。
カトマンズの街の親子と今まで全く無かった歩道橋の建設現場。
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可憐なヒマラヤ桜。
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やっと帰る日に快晴となり飛行機からエベレストがくっきり見えて感激した。
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自分にとって、帰るとまた行きたくなってウズウズするのがネパールだ。
by gallery_kamal | 2011-12-12 18:10 | ネパールの旅・トレッキング

メラ・ピーク 10日目~16日目(カトマンズ)

10日目;
昨日メラ・ピークより無事下山した翌日は上天気!少し恨めしくもあったがやむを得ない。
朝日が差し込んで雪が解けるのを待って、一斉に濡れた物を干した。
昼頃メラ・ピーク側の尾根上にヘリコプターが飛来、外人が足の骨折でカトマンズへ運ばれて行った。
昨日の下山の際か?
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11日目;いよいよ帰り、撤収だ。
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晴天の中のカンテガ(6779M)
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途中コテで神が宿るとされている縦に二つの割れ目の入った大きな岩を見に行った。
クンガワラ(と聞こえた)と呼んでおり、この地域の人達は「神のパワーが働いて災難から守ってくれる」と信じている。割れ目の内側には神が掘ったという文字が描かれていた。
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15日目に一日早く(2日余ったので帰りを一泊多くのんびり歩いてきた)ルクラへ戻ってきた。
バザールが広場で開かれていた。いろんな生活必需品が売り買いされ賑わっていた。
バザールは今日木曜はルクラ、明日金曜はエベレスト街道の途中の宿場で開かれ、土曜・日曜はナムチェ・バサールで開かれるということだ。
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肉より、古くて重くて立派な秤に目を奪われた。
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唐辛子(チリ)や香辛料。
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街中の通りでは若者が道いっぱいになり、見物人もぎゅうぎゅうになってストリートダンスに興じていた。
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そして翌朝、キャンセル待ちして飛行機に乗り一日早くカトマンズへ帰ってきた。
丁度ティハールのお祭りで休みの商店も多かったが、街角(チョーク)では路面に大きな曼荼羅が砂で描かれていた。梯子に登らないと良くみられない程であった。
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by gallery_kamal | 2011-12-06 20:23 | ネパールの旅・トレッキング

メラ・ピーク 食事の事

食事の事・・・
今回のトレッキングで最も不満に感じたのが食事だ。
日本出発前に食事は優秀なコックが同行するので楽しみだ・・・と言われ期待していた。
しかしルクラでそのコックが行方不明で同行しない、別のコックを手配したとのことでスタートした。
朝食はほぼ7時、メニューはおかゆ・卵(目玉焼きor具なしオムレツ)・パンケーキorチベッタンブレッド。
昼食はヌードルor具少々のスパゲティ・パンケーキ・スープ
夕食はご飯・みそスープ(具少々か無し)・キャベツ千切り酢の物・タンパクは時々餃子3ケとかコロッケ等が出た。
野菜がほとんど無く、タンパク質も卵以外は時々出されただけであった。
特にひどかったのはハイキャンプでの夕食(ご飯と具無し味噌汁)と朝食(お粥の上に焼き餅一つ)!
メラ・ピークへ翌日再挑戦の期待もサーダーの「食糧が無い」の一言で断念したが、全行程を通じて食糧は足りなかったのだ。
高度順応滞在日を2日も飛ばして進んで来たのは「天気の崩れ」を予測して避けるため・・・と思っていたが実は「食糧が無くなる前にサミットまで」と勘繰ってしまいそうであった。
6日目のベースキャンプへ入る日にトレッキング会社No.1コック・D氏の行方が判明した。事件で亡くなっていたということだ。
後で知ったことだがコックが全日程に合わせたメニューを決め、材料の調達を任されて入手する、今回はD氏が全く手配しておらず、後を任されたコックが調達したわけだが全く不十分な材料しか持参しなかったようだ。

13日目(ルクラへ帰る2日前)にネパール料理・ダルバート、タルカリを注文した、これには野菜が入るので。
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味は今一だが初めて満腹した。
最終日の朝食・お粥に野菜の茹でものが加わった。
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最後まで「ミート・ツァ(美味しかった!)」が口から出なかった。
さすがにルクラへ帰った夕食はサーダーのロッジであり、今までの分を取り返すがごとく豊富なメニューで満足したことを付け加えたい。

厳しいことを書いてしまったが今回の様な事態はめったになく稀なことであろうと思う、
しかし日本手配のトレッキングではあまりにも日本食を食べさせる事が売りになり過ぎているのではないかと思った。
もっと現地食か又はすこしアレンジしたものを出してもらった方がコックも腕を振るえるのではないか。
もっともっとダルバート・タルカリを食べたかったな!
帰りの様子は次回。
by gallery_kamal | 2011-12-03 18:49 | ネパールの旅・トレッキング

メラ・ピーク 9日目

いよいよサミット挑戦の朝、3時に起きすぐ朝食、雪は膝ほど迄積もっており依然として降り続いていた。
AM4時真っ暗のなか完全装備でアイゼンを付けピッケルを持ち、ザイルに10人が繋がって登り始めた。
ラッセルしつつの登りは非常につらいものがあって、息は上がるし脈拍は一気に最高になったが休めば回復するので体力的にはまだ余裕があった。
周囲は雪とガスが濃く、10人が確認できるだけでそれより遠くは全く認識できない状況であった。いわゆるホワイトアウトだ、約2時間ほど登っただろうか、高度も6000mを越え6100m程と思えた地点でとうとうシェルパのクライミング・リーダーが止まってしまった。方角が全く判らず地形の判断ができなくなってしまったのだ!
これ以上無理をすれば遭難という事態も考えられ、結局登ってきたトレースが消えない内に、サミットは諦めハイキャンプへ戻る決断をした。
約一時間かけ無事ハイキャンプへ戻ることができた。
戻った時のテントの状況だ。
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雪を払ってテントの中へ。
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アイゼンを脱いで一休みだがテント内は足の踏み場なし。
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もう一晩ここで粘って明日再挑戦の意見も出たが、サーダーより「食糧を余分に持ってきていない」の一言で「何故無いの」という疑問は封印してベースキャンプまでの戻ることに決定。
大急ぎで撤収の準備。テントはシェルパが背負い、キッチンスタッフは道具を背負ってサーダーのルート案内で下山を始めた。
しかし昨日の固い雪面を探すのに手間取り、徐々にルートを外れていった。迷っている内に下山する他のパーティの人たちが合流し40人~50人の塊となった。
シェルパ達が交代でルートを探り少しずつ下りて行った。メラ・ラ付近にはクレパスが多く点在しており、登りでは東側へ迂回しながら歩いたので、メラ・ラの場所を確認できないと大変なことになると心配した。
でも山の神様は見捨てなかった。一瞬ガスが飛んでメラ・ラの大きな岩が見えた!全員オーーと歓声。
かなり西側へずれていたのだ。これで方角が定まり何とか危険を脱する事が出来た。
昼食抜きで6時間以上うろついたが何とかベースキャンプへたどり着いた。
よって写真も全く撮る余裕が無かった。
ベースキャンプも雪の中。
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メラ・ピークへは登頂できなかったものの収穫の多い登山であった。フル装備の冬山を経験できたし、遭難の一歩手前までも経験してしまった。
6000mを越えても十分な体力と高度順応もOKであったので、晴れさえすればメラ・ピークには登れる自信が出来た。
天候は自由に出来ないので読みを間違えたなら諦めるしかない。
でも今回の登山で最大の問題は食糧だ、これは次回に。
by gallery_kamal | 2011-11-30 18:50 | ネパールの旅・トレッキング

メラ・ピーク 8日目

ハイキャンプ(5780m)へ。
朝8時ベースキャンプを出発70分ほど登って氷河下へ着く、休憩所あり。ベースキャンプ方向を見る。
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氷河の舌端。
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氷河上でアイゼンを初めて付ける。
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メラ・ピークを望む、最も右がメラ・ピーク。
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アイゼンを付けると非常に歩き易い、1Hrでメラ・ラ(5415m)へ着き一休み。
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メラ・ラより東方面のクーンブ山群。
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北方面の景色、何やら雲が湧きはじめた。
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中央の山を無名峰と言ってきましたがヒマラヤ名峰辞典で確認すると、実はピーク41の名がありました。
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メラ・ラより上部のルートとサミットを目指す人達。
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また東にチャムラン(7319m)も目の前に。
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メラ・ラよりちょうど3Hrでハイキャンプ(5780m)へ到着、シェルパが先行しテントを張ってくれていた。
ここは大きな岩の南側で風が避けられるテント場になっていた。
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しかし悪い事に天気は下り坂であることが徐々にはっきりしてきた。
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そして暗くなり始めた頃より、とうとう雪が降り始めた。
サーダーの天気が崩れるという予想は当たった。しかし天気の崩れは早く、高度順応滞在を2日も飛ばして(早めて)登ってきたのが裏目に出てしまったようだ!
明日は3時起き、4時サミット出発の予定、どうなるのか心配しつつ寝袋に入った。
by gallery_kamal | 2011-11-28 16:00 | ネパールの旅・トレッキング

メラ・ピーク 7日目

トレッキングを始めて7日目に初の停滞、カーレBCにて滞在した。
良い天気で陽だまりは暖か、どこからかダンフェの雌が何匹かエサを求めて現れた。
ダンフェの雄は虹雉のことでネパールの国鳥だ。広げた羽はとても美しい。
残念ながら雄は見られなかった。
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高度順応を兼ねベースキャンプ北側の尾根を5200m付近まで登った。左に位置するメラ・ラから目指すメラ・ピーク中央峰そして最も右にある北峰までの雄大な景色に圧倒された。
写真は目指す中央峰付近とそのTOP。
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メラ・ラから続く稜線、氷河のBC側は垂直に落ち込んでおり時折雪崩が発生していた。
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周囲の無名峰。
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北方向の無名峰、この奥にはアマ・ダブラム(6812m)があるのだが見えなかった。
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ヒマラヤ襞が綺麗であった。
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北側から見たベースキャンプとメラ・ラ。
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サーダーの天気が崩れるという判断があり、もう一日の滞在計画を止め、明日ハイキャンプ(5780m)、明後日サミット(6654m)挑戦が決まった。
by gallery_kamal | 2011-11-26 19:08 | ネパールの旅・トレッキング

メラ・ピーク 6日目

6日目ようやくベースキャンプへ向かった。
クスムカングル(6367m)も朝の光にくっきりと輝いた姿を見せていた。
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昨日の午後、ここタナへ先に到着したドイツのパーティが各自ハーネスを着け斜面にザイルを張って登攀の練習を熱心に行っていた、しかし我々日本人は何とかなると何もせず。
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カーレBCへの河原の道と周辺の無名峰。
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ここまで来るとメラ・ピークは南側に幅広くドーンとそそり立って見えた。
BCはもうすぐだ。
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明日高所順応で行く5415mのメラ・ラも見えてきた。
ここが氷河の舌端だ。
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順調に歩き、昼少し前にカーレBC(4900m)へ到着。石積みの小屋の多さにびっくりした。またテントが各所に設営され大勢のトレッカーが登頂の準備をしていることにも驚かされた。
メラ・ピークもゴーキョ・ピークの様にメジャーなコースになりつつあるようだ。
昼食後軽く高所(約5000m超)へのトレックをした際のベースキャンプの全景。
中央より左寄りの2つと3つ計5つの丸い形のテントが我々のだ。
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明日及び明後日は停滞し高度順応と休養日の計画。
by gallery_kamal | 2011-11-24 20:11 | ネパールの旅・トレッキング

メラ・ピーク 5日目

メラ・ピークを目指すトレッキングも5日目、今日はコテ(3550m)~タナ(4350m)まで。
コテのテント場を後にヒング・コーラ沿いに登った。川床は大小の石でとても歩きにくい。
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登り始めるとすぐに見えたのが左・クスムカングル(6367m)と右にピーク43(6767m)
シェルパ達はピーク43を「ラウレン・ヒマール」と呼んでいた。こちらの名のほうが番号名よりずっと良い。
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川沿いの草地は休憩に気持ち良く、シェルパものんびり。
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更に上流へ。
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途中の無名峰。
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タナに着く少し手前に、ゴンパがあった。名前はタンナ・ゴンパとかツォ・フ・ゴンパとかに聞こえる発音のゴンパでサーダーのN・Yさんの説明によるとクーンブで3人の高僧(ラマ僧)の一人が居るところだそうだ(後はタンボチェとターメの僧院)。しかし洞窟内に仏陀を祭ってあり、他の僧院に比べ質素であった。尚名前の「フ」とは「龍」の意味だ。
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いよいよタナ(4350m)へ到着、今日のキャンプ地。写真中央上の河原を進んでいくとBCだ。
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ここはクスムカングルの東面がドカーンと聳える河原にあったが到着が午後であった為クスムカングルには既に雲が湧きはじめた。
BCまではあと一日の距離となった。
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到着後給金をもらうポーター達、彼らは日給制の様だ。宿泊はロッジ等にお金を払って泊めてもらう、シュラフはもちろん持たず、ロッジの毛布に2~3人でもぐって寝たりしていた。どの程度の日当であの重い荷物を運んでいるのだろうか。
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by gallery_kamal | 2011-11-22 16:40 | ネパールの旅・トレッキング